午睡するキミへ
 


     3



日頃、お茶目で甘えん坊な妹から
人目も憚らぬノリにてそれは過激な愛情表現をそそがれており、
一応は人並みにある羞恥心も騒がしく、
心落ち着かぬ状況に晒されているのが常態だからだろうか。
何故だか見ている方が照れてしまおうほど、
愛らしい幼子に一身に懐かれているマフィアという稀有なものを目撃し、
我が身に重ねてか焦ってしまった谷崎くんとは ちと異なり。

 「あれ? 芥川くん?」

その名の人物へと大焦りでいた自分より余程冷静に対処出来そうな、
若さに似ない数多の経験を持ち、
どのような場合へも落ち着いて状況を検分出来よう
探偵社の頼もしき先輩様が来合わせたは良かったものの。

 “何でそちらもマフィアの幹部が一緒なのでしょうか。”

こっちで黒獣操る禍狗さんが現れたように、
敦くん失踪事件は 実はマフィアがらみの案件だったのでしょうか。
冷静に見せといて、実はそのくらい大変な事態だったのを、
打ち合わせの場では隠してたんだろか、この人は。
さっきから混乱中の谷崎にそうと思わせたのは、
堀端に添って駅向こう側からやって来た太宰が、
黒い帽子のマフィア幹部を連れて現れたからに他ならぬ。
彼が元マフィア幹部だったことも探偵社ではすでに知られており、
安穏な日常においては昼行燈を装いながら、いざという局面では鋭に冴え、
恐るべき知略と深き洞察、そして果断なる行動力と英断もて、
悪党の跋扈からヨコハマ滅亡の危機までも、
幾度も粉砕阻止して来たそれは頼もしき遊撃軍師殿。
そんな背高のっぽの先達の、ある意味 意外な連れを伴った登場へ、
思わぬ展開にもほどがあるとばかり、
ついつい“おやおやぁ?”と目を見張ってしまった谷崎であり。
そんな彼のやや逼迫している表情や呼吸を拾い、

 「君らの方が先に見つけられたようだね。」

あまり親しいとは言えない、
接点の微妙な相手へ少々ドギマギしていたこちらだと。
そこはあっさり見抜いたか、
それでも探していた当人へ到達していたは重畳という安堵も含め、
嫋やかな笑みにお顔をほころばせ、
朗らかに賛じてくれた、包帯まみれの美丈夫様で。
外套の衣嚢から取り出したのは、見覚えのある携帯端末。
彼らの側では敦くんの携帯が落ちてた場所を巧みに突き止め、
そこから此処までを辿って来たらしく、

 「で? 芥川くん、その子は敦くんに間違いないのかな?」

やって来たばかりだというに、居合わせた顔ぶれをざっと見回し、
状況をあっさり把握した太宰。
長身をひょいと折っての前へと倒し、随分と小さな坊やのお顔を覗き込みつつ、
黒外套の羅刹へそれは気安い声を掛けている。
元は上司と部下という間柄だったそうで、
それを除けても マフィアの恐持てなんぞ何で恐るる必要があるものかと、
飄々としているだろう鷹揚なところのあるのも相変わらずの彼であり。
そんな偉丈夫様の傍らで、

 「…そのチビ助が敦だってのかよ。」
 「そうとしか見えないだろう?」

そちらさんは、まずは怪訝そうな顔つきとなり、
早計ではないかというお言いようをした黒帽子の大幹部殿の対応こそ、
谷崎らにも近しい慎重さであり真っ当な反応ではなかろうか。
確かに似ちゃあいるけれど、
直感として彼だろかと真っ先に察しが立った自分たちでもあったれど、
だからといって、そのまま疑いなく飲んでいい状況でもなかろうにと、
世の常識、物事の順番などを慮るに、ついついブレーキがかかっていたわけで。
そんな“常識”をあっさりと一蹴したところ、
勘がいいとか直感でとかいう乱暴な判断…というよりも
彼なりの鋭い観察を一瞬で成し遂げた末の、合理主義者ならではの最適解とやら、
迷いなく弾き出した太宰ならではな判断というやつなのだろう。
それに加えて、

 「一体どういう異能者に悪戯されたやら。」

そう。自分たちはそういう特異な存在が実在し、怪奇な現象が起き得ると知っている。
いくら似ていようが年齢があまりに違うとなれば別人だと思うのが常識だが、
人知を超えた不測の事態が起こり得るのだと、幾たりも肌身で接して知っている。
ただ、谷崎としては
ポートマフィアの先鋒担う過激な悪鬼に懐いている坊やだったのが違和感だったものの、
太宰にはそこもさしたる問題ではないものか。
精緻に整ったお顔をまろやかにほころばせたまま、
そりゃあ愛らしい幼子のお顔を覗き込み、

 「何があったのかなぁ、敦くん。」

目許を弧にたわめ、さあお兄さんに話してごらんと、
それはそれは温厚そうに構えて話しかけてみたものの、

 「がう。」

ここまではどちらかといや楽しそうな笑顔でいたものが、
すいと自身へ伸ばされた手とその持ち主を交互に見比べるよう視線をやってから、
そんな声を発したそのまま、逃げ込むように芥川の背後へ隠れてしまった。
ちょっとした駄々みたいな反応なれど、

 え?え?、と

居合わせた探偵社の面々が意外に思ったらしいの、
マフィア側にまでも何とはなく理解が及ぶ。
だって、日頃の敦くんといや、
どれほどのこと揶揄われようが、
始末書の押し付けだの自殺だ入水だという身勝手な騒ぎに翻弄されようが、
やれやれなんて肩を落としつつもこの傍迷惑な先輩さんに毎度言いくるめられており。
最近少しは塩対応もしないではないものの、
姿を見なけりゃ “どうしたんでしょうか”と一番に案じるのも彼で。
巧みに言い負かされてという格好であったとしても、
面倒ごとへの助勢や後始末にと毎回一緒に奔走していたりもする。
お人よしだからとか、恩がある相手だからとかいう理由づけも出来なかないのだろうが、
時に繊細に、時にはふざけてでもいるかのような大胆さで構いつけ、
判りにくいそれながら、寂しい時に気が付けば添うてくれている、
まだまだ寂しがり屋な少年を要所要所で気遣ってくれる兄のようなところ、
素直に受け入れ、懐いているという順番なのが、
ほのぼの周囲にも届くよな、そりゃあ自然な凸凹兄弟ぶりだったから。
だってのに、

 「ナデナデさせてよ、ちょっとでいいからさ?」
 「…太宰、言い方。」

切実なことじゃあないかのように言う太宰へ、
言い回しがやらしいと指摘した中也の声にかぶさって、

 「やーの。」

幼い子が大人の真似っこしたよな言いようで、
そんな一言くっきりと発しつつ。
逆側から伸ばされた手を避けて、
やはりその身を躱し、ぐるんと逆さに回り込むよに逃げた坊やなのへ、

「矢野?」
「イヤなのという意味では?」

自分を軸にした 子をとろ子とろもどきの“廻り鬼”を敢行されつつ、
中也の発した疑問へ律儀に応じている芥川な辺り、
何だかシュールな光景で。
小さな坊やが相手で、しかも妙に勘がいいらしく、
こうまで間近にいながらこれがなかなか捕まえられぬ。
大きく逃げ回られても難儀だろうが、
こちらは屈みこんだ体勢のまま、
ひょひょいと小刻みにフェイント掛けて左右へ逃げ回られるのを追うというのも、
なかなか結構大変な仕儀で。
親御が幼子にハーネスつけるの、犬扱いだと憤るなかれと流石に思う。
遊んでいるのかそれとも本気で嫌悪してのことか、
いやだいやだと太宰から逃げ回っている敦という図がちょっと笑えたが、
しばらくは見守っていたものの、このままでは埒が明かぬし話が進まぬ、

 「ほら敦、いい子にしないか。」

助勢にと腕を延べ、逆側で待ち受けて捕まえかけた中也だったところ、
その手をパンと両手で払いのけ、

 「やーのっ!」

ぎゅうと顰められた眉にお口も大きく開いてという嫌悪の表情付き、
一際強く拒絶の言を放った敦くんだったものだから。

 「あ、敦?」

愕然としてその場へ崩れ落ちる構図の何とも痛々しかったことか。
そういやこの、美形だがややミニマムな幹部様、
敦くんに目をかけているとかどうとかいう話が、
いつぞやの並行世界からの客人騒動の時に 鏡花ちゃんにすっぱ抜かれてなかったか。

 「み、みんな一旦落ち着きませんか?」

実はそれもあったんですよの、
上衣の裾から覗いてた 縞々でふかふかなお尻尾を警戒心丸出しにぶわりと膨らませ。
ふんっとついた鼻息も勇ましく、
裏社会を十代という幼さで席巻した元“双黒”を 二人とも跪かせた小さな勇者。
誰をどう取り成せばいいのやらと、取っ散らかった場に立ち尽くした芥川や、
相変わらずの無邪気軒高、わぁと笑顔でいる賢治を前に、
消去法で自分しかいないらしいと達観し、
とりあえずは落ち着いて落ち着いてと宥めるような声かけた、
谷崎くんだったらしいです。




to be continued.(18.10.14.〜)





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 *谷崎くんって苦労人だなぁ。(おいおい)
  子をとろ子とろというのは、かごめかごめとか花いちもんめのような子供の遊びです。
  大将(もしくは親)を先頭に前の人の肩や腰に掴まって長々と一列に連なった子供ら(“子”)を
  向かい合う鬼役が何とか後ろへ回り込んで次々捕まえてゆくというもので、
  フェイントを取り混ぜて回り込もうというのへ親も合わせて俊敏に動けば
  後方に居る子は振り回されて置いてけぼりとなり、そんな隙をついて捕まってしまう。
  長々と連なったなんて書きましたが今時じゃあ数人の構えでしょうから、
  回り込むのも大して労力は要らないでしょうし、こんな遊び自体知らないって人も多いでしょうね。

  それはともかく。
  中也さんと敦くんの仲の認知度というの、
  この一連の連話ではどういう扱いだったかな?(おいおい)
  単発の話でお弁当持って来てたり、
  最初の方のお話で探偵社にも広まってるような書きようをしてましたね。
  原作は相変わらず会えてないようですが、(当方 コミックス派です)
  ウチでは…そうですね、案外と知れ渡ってるけど
  具体的には太宰さんと鏡花ちゃん、与謝野せんせえは何となく知ってる程度ということで。